さかさまバニーからさかさ魔法を解く方法

よく食べよく放浪するOLの雑記ブログ

さけんでいた

 

初めて1人で行った旅先は、ポーランドだった。
 
学生のころ、世界史の資料集でみた過去のできごと。 どんなことを思いながら生きていたんだろうーーそう思いを馳せてばかりいた。 
ポーランドに必ず行かなきゃ。
想像の世界で、世界中のどんな国よりも魅了された土地。 なにかに押されるようにして、航空券をとった。
 
ポーランドは美しい。
なかでも首都ワルシャワは、人々の記憶とあらゆる強い想いが街中にたちこめている。景観というよりもその重みが、美しいと思う。

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ポーランドは過去、地図から完全に消えたことがある。
 
1795年、第三次ポーランド分割で全領土を他国に奪われて滅亡しているからだ。 その後100年以上、ポーランド人は自国の言語を学ぶことも許されなかったという。
そして第一次世界大戦後、1世紀以上の時を経て誰もが願っていた国家独立が叶った喜びもつかのま、第二次世界大戦がはじまる。
ここでナチスとソ連により国土が2分割され、再びポーランドは消滅した。
ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺が行われたとして有名な「アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所」はポーランドにある。
ナチスの人種差別のもと、ポーランド人も劣等人種として迫害された。
 
理不尽な残虐行為をおこなうドイツ軍から国を守るためにポーランド人は立ち上がり、占拠された首都・ワルシャワで、63日間に及ぶ必死の抵抗を行った。しかし、このワルシャワ蜂起も悲惨な結果に終わる。
ソ連軍の裏切りもあり、ポーランドは20万人ほどの死者と、のちに70万人のワルシャワからの追放者をうみ、蜂起は鎮圧された。
そのとき立ち上がったポーランド人の勇気と愛国心をたたえると同時に死者を追悼する記念碑が、ワルシャワの街の一画にある。
一人一人の戦士の顔を覗き込んでまわって、おもわず唇をかんだ。
そのときが彼らがなにを思っていたかなど、私に想像できるはずもなかったのだと、思った。

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蜂起が終結してもなお、すでに壊滅状態のワルシャワの街を、ナチスドイツは徹底的に破壊し続けたという。
蜂起をした報復として殲滅されたワルシャワは、無残なありさまになった。
 
しかし、ほとんどすべてを失ったワルシャワ旧市街は戦後、ポーランド人の情熱によって、戦前の写真や絵を参考に壁のヒビ一本にいたるまで完全に復元されている。
わたしが目にしたのは、ただ人々が住むためだとか、美的感覚によって形づくられた街ではなかったのだ。
 
ーーけっして、単純に美しいとは言えない。 長い時代を経て、どれだけの人の想いが、願いが、うずまいている街なのかと、ぞっとすらする。

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美しい街に、それぞれの想いを抱えた人々が行き交う。
誰もが普通に生きている。単なる日常的な光景だった。
 
鳥が鳴いて、少し先の角からプレッチェルのにおいがしていた。 寒さに喉元をマフラーで隠して、顔を上げてしばらく立ち尽くした。
 
うしろで歴史が叫んでいた。
 

@世界遺産 ワルシャワ旧市街にて

ワルシャワ / ポーランド 201202

 

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