さかさまバニーからさかさ魔法を解く方法

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メキシコ中部に位置するグアナファトという町は、コロニアル様式の美しい家並みと歴史的背景によってユネスコ世界遺産に登録されている。

標高2000メートルの山あいにあるグアナファトには岩がむき出しの山が連なり、かつてはカエルしか住まない場所だったがゆえ、先住民の言葉でグアナファトは「カエルのいる山がちな場所」という意味をもつという。

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そんなグアナファトが今や小さいながらも多くの人が住む町になった過程は、16世紀に遡る。

1548年、メキシコを植民地支配していたスペイン人によって近郊で銀山が発見され、一時期は世界の約3分の1の銀を産出したというこの町には、莫大な富がもたらされた。メキシコで生まれ育ったスペイン人たちはその財を以ってこの国をスペイン以上にしたいという想いをもち、グアナファトの町作りが始まったのだ。

当時ヨーロッパで流行っていたバロック建築の技術とカラフルな色使いが融合した町並みは、たしかに、とても美しい。

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この美しい町は、その見た目の反面、悲しく力強いメキシコ人たちの歴史も傍観してきた。

1810年、グアナファトの北東にあるドローレスの町で、植民地政府への蜂起とスペイン人による強権支配からの脱却が企てられた。銀山のもたらす富をスペイン人が独占する一方、先住民であるメキシコ人や混血の農民たちは貧しいままだったため、メキシコ人たちは自らの土地を取り戻すために立ち上がったのだ。

「我らがグアダルペの聖母万歳!悪辣な政府と植民者たちに死を!」「メキシコ人よ、メキシコ万歳!」

『ドローレスの叫び』と呼ばれるこの有名な演説の後、23,000人もの群衆がグアナファトの町に進撃し、メキシコ独立の気運はここから各地に飛び火していくこととなったのである。

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町の一画に、ピピラの丘とよばれる小高い場所がある。1810年の蜂起で身を投じてスペイン軍の防御を破り勝利への道を開いた英雄エル・ピピラを讃えた巨大な像があるからそう呼ばれているのだという。

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この丘に名前がつくほどの栄誉はないと思う。

なぜなら、グアナファトのいっとう素晴らしいところは、この丘の上で過ごす時間--なかでも夕暮れから夜になるまでの永遠のように長くその実ほんの一瞬の、穏やかな時間ではないかと思うから。 

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陽が落ちる少し前にピピラの丘の上にのぼると、眼下のカラフルな町並みが人々の目を楽しませる。その様子は、「王冠に散りばめられた宝石」と称えられるにふさわしい。

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しばらくすると、街は色を変え始める。

徐々に暗くなる空、それにともなって町が少しずつ輝き始める。まるで絵本か小さい頃に遊んだミニチュアのような世界が、そこには広がっていた。

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グアナファトでみる夜景の美しさは、泣きそうになる。

電気ではなくカンテラによるあたたかいオレンジがかった灯りがきれいだからなのだろうか。丘の上で頰を打つ強い風と、その風にのって聞こえてくる眼下の町を練り歩く音楽隊が奏でる音色が、あまりに感傷に浸らせる。 

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スペインから独立して200年以上経った今なお、独立記念日にはメキシコ大統領が演説を行う。

「我々に祖国を与えてくれた英雄たちよ万歳!」「メキシコ万歳!」

 

植民地支配と独立戦争を経て、多くの血なまぐさい生と死の歴史を見てきたグアナファトは、穏やかなカンテラの光に包まれて、今日も安寧を噛みしめているのかもしれない。

叩きつける風は、強ければ強いほどいい。ほんの少し涙で滲んだ夜景は、いつか誰かも見たもので、この町もきっといつまでも、ここで生きて死んでいったそんな誰かのことを覚えているんだろう。
 

 

@グアナファト/メキシコ 201802

 

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