さかさまバニーからさかさ魔法を解く方法

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多言語対応はおもてなしの形なのか

 

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東京オリンピックに向けて多言語対応を推進しよう、という旨の取り組みが色々なところで聞かれる。

先日、こんな記事を見た。

外国人の気持ちになって東京を歩いてみたら、看板の多言語表記や施設での多言語パンフレット、スタッフ配置の必要性がわかるでしょう、しっかり整備していきましょうねという話だ。商売を円滑にするため、旅行者に不便を感じさせないため、満足してもらうため。目的はこのへんが主に挙げられていて、いずれにせよなるほど…と思うのだけれど、この手の話に、私はなんとなく違和感を感じてしまう時がある。

たしかに他国に訪れた時、自国の言葉が通じたり、自国語のメニューが出てくればありがたい。

けれど、別にそこまでしなくてもいいんじゃない?おもてなしってそういうことなの?とも思うのだ。

たとえば新宿駅なんかは、もはや日本じゃないんじゃないかとさえ思うことがある。
駅構内のアナウンスは中国語や韓国語がずっと流れているし、駅の外にでてもお店の正面にはでかでかと外国語のポップが並ぶ。薬局に入れば他国の言葉で接客される(私の顔が日本人らしくないという可能性もあるけれど)。

道行く人も外国人の方が多いんじゃないかと思う。それくらい外国語が耳に目に入ってくる。

せっかく日本に来てくれた外国人は、たぶん日本の文化にも多少なりとも興味を持ってはるばる足を伸ばして来てくれているのだと思うからこそ、ちょっとこの状況をもったいなく感じることがある。
言語も文化のひとつだからだ。


1年ちょっと前、メキシコ旅行に行った。
観光で人気の国も合わせて今までに20か国くらい行ったなかで、メキシコ旅行の満足度は、過去最高だった。

メキシコは、2017年に3930万人を迎え、世界第6位の国際旅行者訪問国になった。
日本への旅行客が2869万1000人であったことをみてもわかるとおり、メキシコは立派な観光大国であるといえるだろう。

にもかかわらず、街のどこを見渡しても英語の標識さえない。あるのはメキシコの公用語であるスペイン語の看板のみ。というかそもそも看板さえ少なかった。
ホテルや空港ですら、明らかに旅行者のボケっとした女(私)を見ても、スペイン語でまくしたててきて、30秒以上ぽかんとしているとやっと、「もしかしてスペイン語じゃないほうがいいの?」と英語で尋ねてくるくらいだ。

この顔でエスパニョーラマルガリータ言い出すと思うかっ?!と突っ込みたくなりながらも、ある意味「ガイコクジン」扱いじゃないということに嫌な気分がしなかったのを覚えている。

看板や標識をみても一切なにもわからないから、わからないことがあれば、道行く人に尋ねた。スペイン語はわからないから、英語で。
とはいっても、私は英語すらそこそこだ。向こうだって、英語を話せない人もけっこういる。観光地のピザ屋に入って、how much?が通じなかったり、coke,please.が通じないという場面もあった。

言葉が通じないのは不便だ。
けれどそれもまた旅の醍醐味だ。

パンフレットや標識をそんなに充実させたら全部旅行者だけで完結してしまい、現地人との交流は生まれにくくなるように思う。

そもそも自分の立場で考えると、日本語のパンフレットやメニューが海外においてあっても、嬉しいというよりは「へえ。日本人観光客このへんけっこうくるのね」と思うくらいのものだし、看板に日本語が書いてた日には「せっかく日常から離れてきてるのに、やめて〜」とか「その国の言語だけがかかれた看板じゃないと景観が崩れて台無しやんか〜!」と思ってしまったりする。

だからこそ思う。
多言語対応はおもてなしの形なのだろうか?

まあ、こういうのを推進するのもオリンピックビジネスの一環なのだろうし、旅行者の目的や質が多様化している現代においては、効率化のために多言語対応は必要不可欠という声もあるんだとは思うけど。
個人的には、看板やらそんなことで対応しなくたって、いつ話しかけられても「おもてなし」できるように英語くらいは私も勉強しときたいな〜なんて今は思っている。…ポケトークでもいいけど。
 

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