さかさまバニーからさかさ魔法を解く方法

よく食べよく放浪するOLの雑記ブログ

とくべつ

 
明美は昔からとにかく勘違いしていることが多かった。 ウキヨバナレしてるわねとか、変わった子なのね、と言われるような、そんな子だった。
 
実際のところは勘違いというより、明美のなかでは事実そういう世界が存在していたのだけれど、それがたいていの場合現実とは違っていたというだけのことだった。
 
 
小学生の頃、明美はよく考えた。
 
(パパは生まれた時からずぅっと働いて、私たちのためにがんばっているのだから、それってとってもすごいことよね)
 
これはおかしな考えだけれど、明美はこう思っていたのである。
 
(パパやママたちは生まれた時からこんなに大きくて、ママとしてママは生まれてきたし、パパはパパとしてかいしゃの人として生まれてきたのよね…。だけど私とお友達と、あと妹とかは… "子供時代を与えられた" 特別ラッキーな人間だったってわけね!)
 
つまり、人間はみな赤ん坊から始まってじゅんじゅんにおおきくなり、誰しもに子供時代はあったのだと明美は全く知らなかったし、おしえてくれる人もいなかったのである。
 
だからてっきり、ママやパパは "オトナ" から人生が始まって、自分たちだけは "'コドモ" から人生をスタートできた、長生きでとくべつな選ばれし人間なのだと思い込んでいたのだった。
 
それでたまに、
 
(コドモ時代がない人は九九を覚えなくていいからラッキーよね)
 
とか、
 
(こんなおかしな木の枝にぶら下がれたことがないなんて、それはちょっと残念かもね)
 
とか想像しては、百面相してしまうのだった。
 
 
(わたしはコドモからスタートしたから、おっきくなったら何がしたいか、いっぱいえらぶことができる。それがパパやママにくらべていちばんすてきなことかも。)
 
 
 
明美の目の前には、あらゆるたくさんのものがごちゃごちゃと、ただ積み重なっていた。 いったい何なのかもわからないけれど、それらはなにを明美に語りかけるわけでもなく、ただそこに並び立っていた。 足の踏み場なんてないし、進む道もないほどだった。
 
でも明美の世界の中では、明美はなんでも持ち上げられるほど力持ちだったのだ。
 
だからいらないものをどけて、必要なものだけ残して、自分のすすむ道をつくればよかったし、それが当然だと思っていた。
 
目の前にあるたくさんのものは壁ではなく、キラキラとした宝の山だった。ーー選びたい放題なのよ、わたし。 いやなものは嫌って投げとばして、好きなものは近くにおいて少しずつスペースをつくればいい。そしてずんずん、次のすきなものがある方へ進んでいくのだ。
 
 
(なんにでもなれるし、なんでもできる。いろんなことがあるけど…なにをどこにどう置きかえて、どんな道をつくりたいか。そんなのはいつだってわたしが選ぶわよ)
 
 
 
明美は給食のおいしそうなシチューがはいった鍋を持って力を込めた。
 
「ああ、持てないや。なっちゃん片方もって」
 
「いいよお、シチューだ!いいにおい!ね、とくべつにわたし、多めに入れてよね」
 
「うん、とくべつね」
 
 
ーーほんとは、力持ちなんかじゃない。
 
でも、そんなことは明美の世界には関係のないことだった。

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